巴水の遺作となった(金色堂の雪景)「絶筆・平泉金色堂」初版・初版摺り木版画。
昭和32年作は販売されずに、昭和33年3月の百か日の法要時に、親戚・関係者などごく限られた方々に配られた木版画になります。
<絶筆・平泉金色堂>
昭和32年初夏、胃癌のため体調が思わしくない巴水は、22年前に夏の夜として描いた平泉金色堂を雪景色に仕上げる事に苦戦していた。以前にはなかった僧侶と思われる人物の立ち位置に苦慮し、下絵を何度も書き直していたという。
ようやく納得できる下絵が出来、版木の彫刻、色分け、板調べ、試し摺り、本摺りなど数ヶ月を要している間、巴水の寿命は尽きてしまった。
雪の階段をもう少しで昇りきる旅の僧侶は傘を取ろうとしている。僧侶はいつしか旅姿の巴水その人に代わっている。間もなくこちらを向いて「皆様、たいへんお世話になりました」と挨拶する光景が
目に浮かぶ。「平泉金色堂」は川瀬巴水、最後に手がけた(絶筆)図で、重い病の身でありながら制作し続け、ほぼ完成に近づいたが立ち直ることなくこの世を去りました。病床の巴水は第二の故郷、塩原や歩き回った日本国中の山野の思い出の風景をひとつひとつ<その脳裏にたどったそうしてたどり着いたのが中尊寺だったのです。
「平泉金色堂にまいるひとりの旅人の孤愁を描く、静かに降りしきる雪、夕暮れ迫る石段をさくさくと上り詰めながら静かに命絶え、独り旅を続けて行った。それが巴水の最後に画きとめた自らの後姿だった」 昭和三十二年11月27日、享年・七十七歳
(銀座渡邊版画店・文)資料より
昭和32年死後間もなく渡邊庄三郎(渡邊木版画)の元、色版の彫刻が始められ、完了と共にスタッフによって試し摺り、続いて初摺りが行なわれ、昭和33年この完成品を巴水未亡人に贈られました。
その後、昭和54年に渡辺版画店で同版木で制作された(版元:渡邊規 彫:大倉半兵衛 摺り:堀川)「平泉金色堂」「鵜飼 長良川」一組セット絶筆限定350部」が毎日新聞社より販売されます。
(平成に入り新たに後摺りが販売されます)
【制作年代】昭和32年(1957)作 初摺り 木版画
【版元】渡邊庄三郎(渡邊木版画)
【木版画サイズ】38.8x26cm 誤差が出る場合は御了承下さい
【状態】優良品
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◇取扱い作品◇ 新版画(川瀬巴水・吉田博・高橋松亭・土屋光逸・笠松紫浪・Charles Bartlet・その他)
◇鷹島見聞録では1998年より川瀬巴水、新版画の木版画作品の特に希少とされる大正初期作品から
『絶版』になった作品までを取り扱っています。川瀬巴水・高橋松亭・吉田博・土屋光逸・笠松紫浪、
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